森一鳳の開運招福

 ギャラリー入って正面部分に、正月デイスプレイとして掛け軸を使った。幕末に活躍した大阪の絵師 森一鳳(もりいっぽう)の「藻刈り舟」である。古色帯びた軸上には、蓑かさ姿の漁師が刈り取った藻を舟いっぱいに積み、漕ぎ行く様子が描かれている。当時の人気作家の人気シリーズだが、しかし店主思惑と異なり、来店者の注目を集めることは殆ど無い。
 家々から「床の間」が消えてしまった。掛け軸なども骨董屋でじっと好事家との出会いを待ち続けるだけの存在。ビッグネームは時折博物館のガラス檻越しに見るが、それとて歴史資料でしかなく、描き手が注いだ技や感動を体感する本来の観賞行為とは別ものだろう。時代の証文的存在で、何がどう描かれてるかに感慨が及ぶ事はまれである。
 その「藻刈り舟」だが、当時、大阪商人たちが挙って購入した。作品も相当数出回ったようで、多くの商家の床の間に飾られ、商売繁盛が希われたのだとか。それと言うのも「藻を刈る」と「一鳳」を合わせると「もうかる一方」となり、なんだか落語オチみたいだが、思えばそんな和やかな気風を愛した良き時代も目に浮かぶ。
 ここにある「藻を刈る一鳳」は、日本海経由で函館に運び込まれたものだ。北前船で財を成した名家に蔵されていたもので、故あってギャラリーに滞在中。新年の期待と抱負を心密かに願って(という割りに堂々としてるけれど)の登場と相成った次第。
 この地で藻と言えば昆布のことだ。献上昆布産地としても名声を馳せている。藻(昆布)を刈って儲けた人々も沢山いただろうし、それを集めて大阪に送り出した海産商の大きな儲けも想像するに難くない。一鳳画伯の儲かるアートは大阪のみならず、こうして日本海の荒波をかき分けて函館元町の小さなギャラリーの壁面へと辿り着いたのでありました。
 平成23年、大阪歴史博物館で「幕末の絵師 森一鳳展」が開催された。残念ながら拝観出来なかったが「藻刈り舟」が主役だったに違いない。作者が時代に迎合した絵師か、あるいは大阪気質をリードした表現者だったか気になる所だが、後に一鳳は、肥後熊本藩主お抱え絵師になってる。とすると熊本城にも「藻刈り舟」があり、元首相で今話題の細川殿下もそれを眺めて育った可能性もあるではないか。殿下は反原発を掲げて東京都知事選挙に立候補する様だが、「大間原発大間違い」を信じるギャラリー店主もその当選を心待ちする。東京だけが儲かる一方では困るけれど、国家じゃなくて地域が生き生きする事を願ったのが一鳳作品の神髄かもしれない。
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