労働は...

 このところ連続して、労働や仕事について論じた二冊の本を読んだ。西村佳哲「ひとの居場所をつくる」と、佐藤瑠美「3・11後の労働デザイン」だ。著者はどちらも知人だが、世代は遥かに若く、従って当然店主の馴染んだ労働論とは違ってとても臨場感に満ちていた。
 気鋭のデザイナーであり「働き方研究家」の肩書きを持つのが西村さんだ。西村デザイン作品はギャラリーにも展示されてるし、著書は他に「自分の仕事をつくる」や「自分をいかして生きる」「なんのための仕事?」ほか沢山ある。この度の新刊もその延長で「これからの暮らしと仕事を、個人的サバイバルや我慢比べという消耗戦にしないで、文化を生み出して行くものにするにはどうするか」とある。岩手県遠野市で実践活動してる人を取材紹介したもので、カバー惹句には「これからの日本でどう生きてゆこう?」ともあった。
 佐藤さんは3年前にギャラリーを訪ねてくれた人だ。実労働と学問研究との岐路で迷ってたとかで、「表現すること」について会話したのを思い出す。結局大学教官の道を選択したのだが、これはその研究論文なのだろう。読めば画家と音楽家二人のアーチストを取材し、労働は人生そのもであり即表現であると結論付け、極まった現代資本主義の荒涼とした労働環境と、そこからの脱出法を真剣に模索していた。時としてヒト自らを殺すしかなくなった労働世界とは何か、何故こうも疎外が深まってしまったのかと問うくだりなど、行政保健師を経て大学看護学部教官に転身した佐藤さんの現状認識であり、心からの叫びだろう。
 かっての職人や百姓たちにも備わっていたのが「何事にも代え難き達成感や恍惚感」だ。それは個人の誇りであり人生そのものだった。然るに今や「仕事があるだけまだマシ」と言うしか無いわけでそれが地球を覆い尽くしてる。かっての奴隷だって考えもしなかった悪夢に違いない。悲しいけれどこれが現状で、それを認めた上で正面から立ち向かってるのが西村さんと佐藤さんの著作というわけだ。一気に読み終えたが、思えば、若い世代にこんな労働環境しか遺せなかったのは紛れも無く我が世代であり、その貪欲さがなせる技だ。心底慚愧に堪えない気分でもある。
 画像はただいま展示中の山本睦子さん作「HIMMELI」だ。ライ麦のストローを糸を通して組み立て、天井から吊るすのだが、風にゆらゆら揺れる姿は大変うつくしい。フィンランドの伝統工芸品だが、作り方を教える人も、学ぶ人も、それを売る人も買う人もまた眺める人も、み〜んなが幸せになれる、昔はそういうモノばかりだったはずだ。
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