2014年11月アーカイブ

FBは...

 言いたいことや書きたいことはある、しかし、世間ではそれ以上に,気の滅入る事件や社会事象が続々起き、アレアレ!と思ってる間に忘却の彼方に追いやられてしまう。いつの日にかそれについてじっくり...などと思えばこそで、記憶力と持続力に難のある店主脳ではそれもできず、ただ悔悟の気分だけが残るという今日この頃だ。
 そんな最近、フェースブック、つまりFBというものを始めた。友人知人と身近に起こったことどもを画像添えて報告しあうソーシアルネットワークの一種なのだが、短文で済むこともあって構えずに済むし、立ち話や雑談のように気楽である。深く考えずに...というわけじゃないが、だいたいが直感によるので思わず本音が飛び出すし、重ねていくことにより親近感が深まるし、日常の中に思わぬ新発見があったりもする。
 画像は、函館山ロープウエイの新しい発光ゴンドラを長時間露光撮影したものだ。同じ画像をFBにも載せた(facebookに登録すればtakeshimuraoka ででてくる)ので、そちらも是非ご覧いただきたい。
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横山朝覧 皮革工芸展

 函館からおよそ2時間、断崖絶壁の下をくねくね津軽海峡に沿って走ると知内町小谷石にたどり着く。そこから先は太古未開の地つまり行き止まりで、さしもの道路行政も道路延長の意思放棄した末端集落である。その先には当然コンビニもガソリンスタンドもなくてモモンガやヒグマたちの王国、いったん崩落事故でもあれば文明社会から孤立してしまう小さな集落なのだ。横山さんはそんな地にひとりで暮らしている。
 工芸家の特権は自分の好きな場所で暮らせることだが、ここで言いたいのは横山さんの選んだ土地のことではない。文明と野生との接点に住みながら、我が国唯一の皮革工芸公募展で「東京都知事賞」「通産大臣賞」「経済産業大臣賞」「第30回記念日本皮革工芸大賞」といった数々の重賞を総ナメしてきた事実の方だ。そこに至るまでの沢山の物語があるけれど、とにかく横山さんの久しぶりの作品展がギャラリーで始まった。カバンと油彩画の小規模展だが沢山の方にご覧いただきたい。
「横山朝覧の皮革工芸展」は11月30日まで
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師宣く

 先の「毛蟹の図」は 赤瀬川原平師の描いたものだ。師亡き今、店主所蔵最高の美術品である。10年前、著書出版にあたり図々しくも一文を所望したが、師は即座に玉稿を寄せてくれた。そのお礼にと毛蟹を送った(取引としては圧倒的にこちらが有利)のだが、礼状にこの図が添えられてた次第。無知蒙昧の田舎者にも分け隔てなく応対される師の人柄を思い知らされたものだ。いただいた一文は事あるごとに読み返し、思い返ししてるが、ここでその全文をご紹介することにしよう。
 鐘の音に寄せて 
「人生色々で函館に行ったら、古い昔からの木造下見板張りの家がたくさんあって、その外壁のペンキの色を研究する人人々がいて、サンドペーパーでこすって塗り変えの歴史を考古学的に調べていて、そのやり方が面白くて、その後も何度か呼ばれていってしまって、今度この本に一言をということで、函館は古くていい町だから、どうしても新しくしないとしょうがない場合は、新建材は見えない陰の補強として使い、表はあくまでも古く、むしろ見すぼらしく、商売で儲けたとしても表面はあくまで貧乏でぼろぼろに、といって警察の不審尋問は受けないように節度は守って、基本は真面目な社会人で、革新などというただの言葉に騙されないように、人類の晩年を心乱されず、焼き魚にはたっぷり醤油をかけて、科学的な心を大事に、超能力も信じて、まだ人々の気がついていないことはたくさんあると思うので、これからもサンドペーパーで壊さないようにこすりながら、真実を少しずつ見せてくれることを希望します。 乱筆乱文失礼いたしました。」
  こうして師の言葉を書き写してると、なんだか写経してる気分になる。とりわけ「人類の晩年」には深く同調させられるのだが、「あとどれくらい?」とお聞きしとくべきだったと悔やまれてならない。
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もうしわけ...

 悪戯盛り4歳児にパソコン画像消された(T村くんの神業で復活した)り、師と仰ぐ赤瀬川原平師が亡くなったりと何かと慌ただしく時間が過ぎていた。気がつけば元町はすっかり秋の気配で、それも晩秋のそれでありまして、この日曜でテニスシーズンも終わってしまった。
 そんなわけでこの元町報告も書けないでおりましたが、本日は大阪T姉妹さんから叱咤メールが届き、もうしわけと事情説明画像を何枚か...。
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