年をとる

このところ内田樹をなん冊か読んだ。年は少しだけ下だが、社会の見方に共感するところが多く、複雑に絡み合った貪欲日本を武道の達人みたいに(実際そうなのだが)成敗するのが心地よい。順としては平川克美を読んでるうちに内田樹もとなったのだけど、そんな話ししてたら印刷屋の社長が「橋本治と内田樹」(筑摩書房)というのを貸してくれた。橋下治も名前だけは知ってたが読むのは初めてだ、対談集だから然るべく目的の地に向かうわけじゃないが深い知性をもった二人の、即興掛け合いの妙が楽しめた。
 中程に「若いうちはカミソリ、老熟してナタで彫刻をする」という章がある。二人で、年を重ねて失うものと手に入るものについて語り合うのだが...
 カミソリの小技はないけれど、ナタ振り回して円空仏みたいのを作れるような、大技と小技の区別がないみたいな、そういう感じというのは年寄りになるとあるなあと思いましたね。
 生存戦略的に、若いときって文脈が読めないっていうのがあるから、その代わりに個体の細かいパーツがちゃんと生きてゆくわけですよね。年をとると読めてくるので、逆に、トレードオフで細かいところが段々落ちてくる。落ちてくるんだけどトータルのパフォーマンスは変わってないと。
 文脈読めなくてもあの人は素敵だから大丈夫っていうね。
 僕ね、若いときからけっこういい年まで、「若いんだから、好きなことやらせてくれよ」って言ってて、それで通してきた。で、三十七、八のときに「もう年なんだから、好きなことやらせてくれよ」って(笑)。あとは余生って、気楽でいいですね。
...という具合に延々と続くので、とても楽しい本だった。ありがとう浜ちゃん。
画像は二十軒坂の街路樹イルミネーション
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